みやこじまナビ♪
2020 1月 都島区
都島区広報誌 「広報みやこじま」より転記して掲載しております。
みやこじまナビ
内代児童園周辺を歩く
今回のハテナ?
●大阪市内の難読地名にあがる「内代(うちんだい)」。
あなたは読めましたか。そんな内代町の南部から善源寺町まで続く細く長い公園。
なぜこんな形状なのでしょうか。
ハテナを探る為に内代町に出かけたら・・・
育てた菊を内代小学校玄関に飾りつけている傍島国雄さんと出会った。
若くから内代町にお住いの傍島国雄さんの趣味は菊づくり。
傍島さんが育てた美しい菊の鉢植えが、今年はじめて内代小学校の玄関を彩りました。
一緒に散歩しながら、地域の今昔を探りました。
傍島さんが育てた美しい菊の鉢植えが、今年はじめて内代小学校の玄関を彩りました。
一緒に散歩しながら、地域の今昔を探りました。
~歩いて発見~
内代公園に野江内代駅竣工記念碑
谷町線の「野江内代駅」は、当初案では「野江駅」でした。
駅名に「内代」を加えたいという地域からの声で「野江内代駅」となりました。
京街道の碑
「京街道の七曲り」の始まりです。この辺りは昔、大阪城の鬼門を守る大宮神社の入り口で鳥居があったらしいです。内代は大宮神社の氏子で、だんじりも所有しています。
榎並橋の親柱
雲観寺は、関西スーパーの近くを流れていた榎並川にかかっていた、榎並橋の脇にありました。現在の場所へ移転した際に、地蔵尊と一緒に橋の親柱も移設しました。
傍島さんに、今回のハテナを聞いてみたら
「内代町から続く公園には、榎並川という名前がついているよ。」
散歩で聞けた話をもとに、内代児童遊園について都島区史を開いてみたら。
内代児童遊園から友善ちびっこ広場までは昔、「榎並川」という川が流れていました。川が埋め立てられたことから細長い現在の形になり、地下には直径約2メートルの下水管が埋設されています。
内代児童遊園周辺を歩くと、かつて流れていた川の様子を感じられます。あなたもぶらりと散歩してみませんか。
