みやこじまナビ♪
5月:都島区
都島区広報誌 【広報MIYAKOJIMA】を転記して掲載しております。
みやこじまナビ Vol7
今回のハテナ
都島区の南に位置する片町(かたまち)
なぜ、片町という町名になったのでしょうか。
歩いて発見
ハテナを探るため、前月号に引き続き、
生まれたときから、片町にお住まいの
当嶋 三郎さん と一緒に土佐堀付近を巡りました。
◆のだ橋跡石柱の横に「相生町」◆
北区相生町の町会の、
のぼりを立てていた石が残っています。
教えてくれたパン屋さんは、
教えてくれたパン屋さんは、
大阪砲兵工廠跡の自動車工場にパンを届けていましたが、
その自動車工場には銃の弾痕が多く残っていたそうです。
◆北区相生町の旧町名継承碑◆
片町交差点の北側に旧町名継承碑がありました。
碑には相生町から野田町に継承されたと記載されています。
碑には相生町から野田町に継承されたと記載されています。
◆相生小学校跡の碑◆
この地域は現在、桜宮小学校の校区です。
相生小学校と野田小学校を統合して
桜宮小学校が創立されました。
◎当嶋さんに、今回のハテナを聞いてみたら
「歴史の散歩道のつたい石は初め、
土佐堀通の南側の歩道にしかなかったよ。
片町は京街道に沿ったまちだから、
この歴史と関係があるのでは」
◎お話をもとに、都島区史を聞いてみたら
京街道は秀吉の頃、大阪城を防衛するため、
城から通行人を監視できるように、
寝屋川沿いの道路の南側に
家屋を建てることを許さなかったことから
「片町」という町名が生まれました。
